『ロボ・サピエンス前史』―人間が見ることのない未来ロマンス

『ロボ・サピエンス前史』を読んだので感想を書きます。

ネタバレありです。

 

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舞台は少し先の未来の地球。

人型ロボットが日常的なものになり、同性婚やロボットと人間の結婚も認められている。そういう世界で、何人かのロボットにスポットを当てて、オムニバス形式で展開していく。

例えば、超長期型耐用型ロボット「時間航行士(タイムノート)」として開発された3人。

2人は地球型惑星探査のために宇宙へ向かう、クロエとトビー。地球に帰還するのはおよそ6,000年後の予定。

もう1人は核燃料最終処分場・オンカロの管理者を担う恩田カロ子。その任務期間は、放射能が無害化するまでのなんと25万年。

ロボットたちは、人間には到底果たせない使命を背負い、それぞれの任地へと赴いていく。

 

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読んでいる間、基本的に「怖」と思っていた。

だって、25万年て。長すぎ。

手塚治虫の『火の鳥』の「未来編」を読んだ時も同種の怖さを感じた。

ざっくり言うと、人類が滅亡した世界で永遠の命を与えられた男が1人きりで生き続けるという話なのだが、これだけで怖い。

この恐怖は、「人は死んだらどうなるの?」とか、「宇宙の果てはどうなってるの?」という疑問を突き詰めていった時に感じる恐怖と似ている。果てしなすぎるものは怖い。果てしないものの前で自分という「個」があまりにも無力であること、「個」という存在自体がほとんど意味を持たないことを実感する。

 

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任務開始当初、オンカロを管理するカロ子のところには人間が定期的にチェックに訪れていたが、100年を過ぎた頃、姿を現さなくなる。

そこからさらに600年後、現れたのは人間ではなくロボットだった。

彼らから、3度の戦争があったこと、地球の人口が3億になり、うち人間は3000万人しかいないことを知らされる。人間たちは外に出てこなくなり、世界の最高評議会は全員ロボットが仕切っている。

彼らは言う。

”わたしたちはあなたがこれ以上オンカロの管理人を務めることには人道上の問題があると判断しました”

逆転するロボットと人間の人口比率。ロボット達による自治
ロボットが、人間の道具ではなく一つの種になっていく。

それと同時に、繁栄を極めた人間が衰退し、地球という星の主導権がロボットへとうつっていく。かつての恐竜がそうだったみたいに。

 

さらに300年後。カロ子のもとにやってきたロボット達は、サルやウサギの顔をしていた。

”人間のかたちをしていないのですね”

”そうする理由がなくなったのです”

 主であった人間を模すのをやめたロボット達。人類から完全に独立したことを象徴している。

彼らの未来予測によれば、人類に未来はない。全ロボット達は1年後に地球を離脱する。カロ子も任務が終わったら追ってくるように、と告げられる。

 

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一方、宇宙に旅立ったクロエとトビーの任務は、小隕石が宇宙船に衝突したことにより頓挫。第一のミッションを果たせなかった2人は、帰還不能になった場合に与えられていたミッションにうつる。それは、彼らの制作者の博士から告げられた「幸せになりなさい」という言葉だった。

ミッションを果たすため、2人はデータの中で夫婦となり、子供を創り出し、平和な野山で暮らす。

 

……いや、やることがあまりにも人間すぎんか?

「幸せになれ」という願い自体が感傷的だし、それに対するアンサーが夫婦になって子供を作って田舎で穏やかに暮らすって、価値観が人間的すぎる。ロボットの幸せが人間と同じだというのは思い上がりなのでは?

とけっこうモヤモヤした。

 

ちょっと意地悪な見方だけど、「幸せになる」というのも彼らの中でミッションとしての認識であり、「幸せ」の定義も人間の定義に合わせただけなんじゃないだろうか。

”「幸せ」とは?”

”「幸せ」のデータを検索して再構築しよう”

っていう会話もあるし。つまり「2人にとっての幸せ」のではなく、「博士の思う幸せを2人がかなえてあげた」に過ぎないんじゃないのかな。

2人が子供を見ながら「幸せだ」と言い合うシーンもあるので、作品の意図は多分違うんだろうけど、私は「ロボットの幸せが人間に測れるわけがない」という結論のほうがしっくりくる。

 

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そこからさらにさらに果てしない時が経ち、放射能が基準値を下回り、カロ子のミッションは終わりを告げる。

はっきりと描写はされないが、オンカロの外にもう人類は存在しない。

始まりは、人間の安全な生活のための任務だった。けれど、既に人間がいない今、彼女の任務は誰のためのものだったんだろう。なんのための25万年だったのだろう。

100年程度の寿命しか持たない人間はついそうやって悲壮を感じたくなるけれど、ロボットのカロ子にそういう感傷は見られない。

彼女は粛々と、仲間が残したメッセージ通り、仲間の後を追っていく。

クロエ、トビーと同じ博士に作られた彼女にもまた、「幸せになりなさい」という言葉が贈られている。それを思い出しながら、人間から与えらえたミッションから解放された彼女は、データとなって仲間のもとへ向かっていく。

 

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カロ子達ロボットは新たな歴史を築くのだろう。もはや地球という星にも縛られることもなく。

それは、ロボットの前の種である人間が見ることのない時代だ。

彼らの「幸福」の形が、人間のそれとは違うといいなあと私は思う。

人間には見ることのできない場所で、人間の想像を超えて、人間の期待を裏切って広がってほしいと思う。

だって彼らが人間の次の種なのだとしたら、人間以上の可能性を持っていてくれなくてはおもしろくない。

 

『ロボ・サピエンス前史』島田虎之介